クロガネ・ジェネシス

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第二章 ルーセリアフォレスト

 

対峙 VS凶獣



 坂が終わる頃には空の色は夕暮れの赤に染まり始めていた。

 そして坂が終わって俺達を待っていたのは、達成感なんてものではなく、驚きだった。

「なんなんだこれは……」

「……」

 俺達の目の前に広がるのは、広大な広場。

 無作為に乱立していた木々の姿はそこにはなく、何のために存在するのかわからない広場が広がっていた。

 そして広場の中心には今度は明らかな人工物があった。

 丸太を地面に突きたてて作られた檻のようなものだ。びっちりと隙間なく丸太が突き立てられたそれは、入り口と思しきところだけが口をあけている。

 ここは一体?

「自然に出来たものではないよね」

「ああ。一体なんなんだこのフィールドは……」

「ねえレイちゃん。水の匂いがする。すぐ近くに川があるみたいだよ」

「そうか。じゃあ、帰るときに水浴びをしていこう。汗を流したいからな」

「うん」

「だがその前に……少しここを調べてみよう」

 火乃木はコクンと頷く。

 ここはノーヴァスやシャロンと関係あるのか?

 俺と火乃木は丸太で出来た巨大な檻の中へと足を運ぶ。その檻の中もまた広大な一つの広場になっていた。

「ペットでも飼っていたのかな?」

「それにしちゃあでかすぎるような気がするがなぁ……」

「! レイちゃん! アレ!」

「どうした……」

 言われて俺は火乃木が指し示すところを見る。

 そこはびっちりと地面に突き立てられて並ぶ丸太の壁を力ずくで破ったところだった。

 入り口の意外の部分で人間が出入りできるとしたらそこだけだろう。

 いやそんなことより、地面に突き立てられた丸太の壁を破ったその力の正体の方が気になる。

 何せその部分の丸太は根元から折れ曲がっているのだ。

 ひょっとして……今朝の音って……。

 ドスンという音。そして木が折れる音。

 今朝聞いたのは何かがこれを破った音!?

 もしそれが生物だとしたら、この森にはとんでもなく巨大な何かが潜んでいるということにならないか?

 そんなのと遭遇したとき、俺はそれを倒せるのか?

「レイちゃん……おりよう」

「火乃木?」

 火乃木は不安そうな表情で俺の袖を掴む。

「臭いがするの。嗅いだことのない、生き物のにおいが……」

 火乃木がおりようと思っている理由はそれだけではあるまい。

 恐らく火乃木も俺と同じ考えなんだ。

 何か、そう巨大な何かがここにはいる。

 少なくともこの森のどこかに……。

「火乃木、その臭いってここにその臭いが残ってるって言うことなんだよな?」

「う、うん。そうだよ……」

 間違いないな。

 ここは確かに檻なんだ。そして今朝それを破って何かが逃げ出したんだ。

 だとしたら一つ疑問が残る。

 その巨大な何かがこれほど広い広場で飼われていたとしたら、乱立する木々を大量に薙ぎ倒しながら移動しているはずだ。

 そうでない理由は恐らく他にもこの広場と繋がっている平地があるのだろう。そうでなければ考えられない。

「取り合えず、出よう」

 俺と火乃木は檻の中から出た。

「火乃木、少しここで待っててくれ」

「わ、わかった」

 俺は檻の入り口のところに火乃木を残して檻の裏側へと向かう。

 檻の裏側までくると、またしても人間の手によって平地になっている道を見つけた。

 それもいくつも。でかい何かは、恐らくこれに沿って移動しているのだ。

 そしてその平地の先。かなり遠いがこんな森の奥深くにあるにしてはどう考えても不自然なものがあった。

 館だ。

 かなりの距離はあるが、それが館の形であると分かる。

 俺の中で何かが繋がる。

 恐らく……アレがノーヴァスとシャロンがいるところ。あそこに行けばシャロンやノーヴァスと対峙することになるんだろうか?  俺はそこで踵を返し火乃木のいるところへ向かう。

 どこかから馬でも借りることは出来ないものだろうか? 十分整備された平地は馬を使うことも十分に可能なレベルだ。

 徒歩ではあまりにも時間がかかりすぎる。この森にある何か。その答えは多分あの館にある。なんとしてもその答えを掴みたいところだ。

「待たせたな火乃木。じゃあ、一度降りよう。戻ってゆっくり狼の肉でも食って今後のことを考えようぜ」

「うん」

 俺と火乃木は今まで来た道を戻ることにした。

 と、その時だった。

 ドスンッという音。

 しかし、ノーヴァスと対峙したときはどんどん離れていったのに、今回はどんどん近づいてくる。

 ああ、この音の正体も出来れば気づきたくなかった……。

 この音はその巨大な何かの足音なんだ。

 平地になっている道をゆっくりと歩き、この広場に近づいてくる。

 俺と火乃木は音がする方向へと目を向ける。

 全身が汗ばむ。緊張している。瞬きすら忘れて視線の先を見据える。

 そしてその巨大な生物は姿を現した。

 全身に生える鱗《うろこ》。図太い足と鋭い爪を持つ両手。よだれをダラダラと垂らしながら光る牙に人間の数十倍の巨体。

 正面からでは良く見えないが、恐らくその尻尾も相当な長さであろう。

 非力な人間が決して戦いを挑んではならないとされる生物がこの世には二つ。

 一つはドラゴン。もう一つは恐竜だ。そして目の前にいる生物はまさに後者そのものだった。

 俺は恐竜に詳しいわけではないが、それでも有名どころは知ってる。

 二足歩行で移動し無数の鋭い牙に長い尻尾。体色はこげ茶色と黄土色。この特徴に該当する恐竜で俺が知っているのはバグナダイノスだ。

 だが、おかしい。

 恐竜と呼ばれる種ははるか北の大地「断絶の地」にしか生息していないはずだが……。

 バグナダイノスは咆哮をあげながら俺達を睨む。

 マズイな……俺達を餌と認識したらしい。

「あ……あ……」

 火乃木はぺたりとその場でしりもちをつき、そのバグナダイノスの巨体を見て絶句している。

「なんで……こんなのが……」

 確かに……こんなものがこの森の中で、ルーセリアの人間に気づかれることなく飼育されていたのとでも言うのか?

「火乃木、逃げるぞ!」

 俺は火乃木にそう言う。こんなのとまともに戦ってなんかいられない! バグナダイノスの餌になって死ぬくらいなら逃げたほうがいい!

「あ……あ、足が……」

「火乃木!?」

「足が……動かない……動かないのぉ……!」

 火乃木の奴、足がすくんで……!

 とにかく、丸太の檻の内側に逃げ込んで、隙を突いて逃げるしかない。

「火乃木!」

 俺は火乃木の手を掴んで無理やり立たせる。そうでもしないと今の火乃木では立ち上がれないだろうから。

「うわっ!」

「あんなもんの餌になってたまるかよ!」

 火乃木の手を引き、丸太の檻に向かって走る。

『ギャアアアアアアアアア!!』

 バグナダイノスの泣き声。同時に俺達が走る方向に向かって首を動かす。

 俺は全力で走りる。

 丸太の檻の中に入ったと思うと、すぐさま丸太の檻の内側にぴったりとくっつく。

 バグナダイノスは檻の中に入ってこない。ある程度知能があって、俺達が出てくるのを待っているのか、それとも餌と認識していないからなのか……。

 もっとも恐竜の考えなんて人間にはわからないから、いくら考えても無駄かもしれない。

 あいつが肉食であるなら人間だって確実に、容赦なく襲うはず。

 さあて、どうしたもんか?

 もしあいつが俺達を餌と認識していないなら黙ってこの広場から立ち去ってくれるのを祈るしかない。

 さもなければ……。

 バグナダイノスが移動を始める。それが分かったのは足音が聞こえたからに他ならない。そしてその巨体はゆっくりと檻の中へ侵入してきた。

 やはり……俺らは餌か……。

「少しばかり、戦り合うしかなさそうだ」

「た、戦うつもりなの……」

「まあ、そういうことだ。火乃木、体は動かせそうか?」

「多分……」

「なら、俺がひきつけてる間に逃げろ」

「え!?」

「今から俺が奴の視界に入り動き回ってかく乱する。お前はその間に檻の外に出ろ。俺もその後を追う」

「で、でも……」

「こんなときくらい言うことを聞け! 奴に食われたいのか!?」

「……! ……わかった!」

 その返事に満足し、俺はバグナダイノスとの戦闘に備える。

 バグナダイノスはこっちを睨みつけている。どういう目で見られているのかはわからない。

 そう思った瞬間。バグナダイノスが身構えたような気がした。

「来い!」

 巨大な檻の中、俺はあえて奥の方へ向かい奴をひきつける。そして右手から剣を生み出し、奴の顔面目掛けて投げつける。

 それがバグナダイノスの顔面に辺り、バグナダイノスが咆哮を上げる。どうやら頭にきたようだ。

 俺を食い殺そうと大きな口をあけて、俺に向かって歩を進める。

 立ち止まるわけには行かない。止まることは死をを意味する。そう思い、俺はひたすらに走る。

『グルルルル……』

 バグナダイノスの声。それが聞こえた瞬間巨大な口を開きながらバグナダイノスが突進してきた。

 俺は自分の足に力を入れ走りながら跳躍する。

 通常の人間では不可能なほどに高く跳躍した俺の真下にバグナダイノスの頭がある。

 チャンスだ!

 俺は右手に魔力を込め再び新たな剣を作り出した。

 その剣は今までとは比較にならないバカデカイ剣、トゥ・ハンド・ソードだ。

 刀身は2メートル近く。鞘に収めると言う概念を捨て去った抜き身の大剣。片手で扱うこと叶わず、重みに任せて叩き切る剣。それがトゥ・ハンド・ソードだ。

「うおおおおおお!!」

 コイツで首を切り落とすことさえ出来れば終わる!

 振り下ろされたトゥ・ハンド・ソードは確かにバグナダイノスの首を捕らえた。

 しかし、切り裂くには至らない。当たり前だ。バグナダイノスの首は太い。人間に扱える程度の大剣で恐竜の首を切り落とすなんて不可能だ。

 それでも痛みはあったようで、バグナダイノスは巨大な咆哮をあげながら自らの頭を思いっきり振るう。

 俺は振り落とされないようにトゥ・ハンド・ソードを握り締める。

「コイツ……」

 何度も何度も振るわれるバグナダイノスの頭。剣の柄を握り締める俺の手も徐々にしびれてくる。

「大人しくしやがれ……!」

 そんなことを言っても大人しくなるわけがなく、むしろより勢いを増してさらに頭を振るう。

「このままじゃ……!」

 だ、ダメだ……手がしびれて……。もう……!

『ギャアアアア!! ギャアアアアア!!』

 何度も何度も……ひたすらに振るわれた頭がよりいっそう、強く振るわれた。

 俺は耐え切れず手を離す。しびれた手がもたなかったのだ。

 大きく宙を舞い吹っ飛ばされる。後ろには丸太の檻はないようで、俺の体は檻の外に向かって弧を描いて飛んでいく。

「くっ!」

 地面に激突する。その瞬間、体を転がすことでダメージを軽減する。何度か転がることで勢いが弱まり、そして止まる。

 流石に衝撃を完全に受け流すことは出来なかったが、それでもなんの防御体制も取らずに地面に激突するよりはマシで、ある程度のダメージの軽減は出来たようだ。

 ゆっくりと体を起こす。まだ立ち上がることは出来そうだ。

「レイちゃん!」

「火乃木」

 火乃木が駆け寄ってくる。良かった。ちゃんと丸太の檻から出て逃げていたんだな。

「大丈夫!? 立てる!? レイちゃん!!」

「大丈夫だ」

 俺は立ち上がる。

「さて、どうにか二人揃って逃げなきゃなぁ。もっとも逃げ切れるかどうかわかんねぇけど」

「あんなのに追いかけられたら。逃げ切れないかも……」

 火乃木は俺の上着の裾をぎゅっと握り締める。

 そう口にするのも仕方がないのかもしれない。さっきまで足がすくんで動けない状態だったのだ。足だって震えてるだろうし、声にも力が入っていない。

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 あーもう、ギャーギャーうるせえなぁ……。

「火乃木、少し離れてろ」

「う、うん」

 俺は再びトゥ・ハンド・ソードを魔力で作り出す。

「うおりゃあー!」

 そして体を回転させて、勢いに任せてバグナダイノス目掛けてぶん投げる。トゥ・ハンド・ソードはまっすぐにバグナダイノスに向かって飛んでいく。同時に俺は右手で拳を作りそれをトゥ・ハンド・ソードに向けて構える。

「散ッ!」

 トゥ・ハンド・ソードがバグナダイノスに直撃する直前で、俺はトゥ・ハンド・ソードを形作っている魔力を内側から爆発させた。

 あの分厚い皮膚に目の前での爆発がどれだけ有効かは分からない。しかし、鼻と目を潰すなら十分だったはず。

 今のうちに!

「さあ、逃げるぞ!」

「うん!」

 火乃木の手を引いて俺は走り出す。

 しかし、頭に血を上らせたのか、今までよりはるかにでかい咆哮を上げ、バグナダイノスが動き出す。

「あ……!」

 ドスンドスンと足音を鳴らし、バグナダイノスは俺達に向かうより先に、俺たちが歩いてきた道の前に、バグナダイノスがやってきて道をふさぐ。

「どうあっても逃がす気はないようだな……」

 野生の恐竜に「獲物を逃がさない」という考え方があるとしたら、それは噛み付き、抵抗力を奪い殺すことによるものが大きいだろう。

 だが、こいつは自分の領域《テリトリー》に侵入してきた獲物を逃がさないという判断を下した。

 つまり、コイツはやっぱり野生ではなく、ここで飼われ生きていたということになる。

 これだけの巨体が満足する食事の量なんて一日にどれほどの量なのか考えたくもないが、大型動物が狼くらいしか存在しないこのルーセリアの森ではどれだけ時間をかけても一日分の食事にはなり得まい。

 つまり、コイツは誰かに飼われて入るという判断が出来る。

「どうしよう……レイちゃん」

「……」

 火乃木は魔術は使えない、戦えるのは俺だけというこの状況。無限投影でなにかしら武器を生み出してダメージを蓄積させて倒すくらいしかないかもしれないが。

 問題は俺の体力が持つかどうかだ。

 でかさが違うわけだから当然長期戦は不利。どうする? 考えろ! 考えろ!!

「レイちゃん!」

「……!」

 覚悟決めて戦うしかないか……。

 そう思った瞬間だった。

「ストーム・フィスト!」

『!?』

 聞き覚えのない声。……いや聞いたことあるようなないような……。

 などと思っているとバグナダイノスの頭に何か硬いものが当たったかのような衝撃が発生し、バグナダイノスが大きくのけぞった。

「大丈夫? 鉄《くろがね》君!」

 声がしたほうを振り向く。

 木の枝の上、バグナダイノスより高い位置から見下ろすショートカットの女が一人。その左手には細長い包みを持っており、両手には黒のグローブ、白を基調としたジャケットと短パンへそだしルックという活発かつ若干露出度高めの服装をしている。

 その人物はえ〜っと誰だっけ……。顔と声は覚えているんだが……。

 その女が大きく跳躍。空中で一回転し、俺達の前で見事な着地を見せる。

「あ、ネレスさん!」

「やあ、久しぶりだね!」

 この状況下で明るく手を振って挨拶する俺より長身の女。もとい、ネレス。一体何故ここに?

「どっかで見たことあると思ったら、そう言えば竜殺しの魔剣屋で会ったんだっけか」

「そうだね〜。っと今はゆっくり世間話してる場合じゃないよ。それと、火乃木ちゃんにはこれ」

 言ってネレスは自分の包みの中身を取り出し、火乃木に手渡した。

「これ、君のなんでしょ?」

 火乃木がその包みを開く。

「ボクの魔術師の杖……」

「なんでネルが持ってるんだ?」

 初対面の時ネルと呼んでくれと言っていたことを思い出し、俺はネレスのことをネルと呼んだ。

「アーネスカから色々事情を聞いてさ、君達を探しにきたんだよ」

 さらっと言ってのけるネル。アーネスカの知り合いだったのか。

「まあ、細かい話は後にして、とりあえずアレをどうにかしましょ」

 言ってネルは恐竜バグナダイノスに向き直る。

 色々疑問に思うことはあるが、確かに今は世間話をしている場合ではない。バグナダイノスから逃げるか倒すかをしなければここから生きて帰ることなんて出来ないだろうからな。

 ボケッとしている暇はない。俺は即座に火乃木とネルに言う。

「火乃木は魔術師の杖でミスト・ボールを打って奴の視界を奪え! 俺とネルが奴を左右から挟み撃ちにして攻撃、集中攻撃で一気に倒す!」

「うん、わかった!」

「仕切り屋だねぇ。いいよ。じゃあ、やろうか!」

 3対1だが躊躇はしない……悪く思うなよ。こっちだって死にたかねぇんだ。

「行くぞ!」

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